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「あん時のお前は本当に失礼なやつだったぜ」
「すいません…」
山崎は苦笑いした。
「天下は、取ったぞ」
相変わらず土方は背を向けたままだ。
「登って登って…登り詰めた。その…分の下り坂は俺らに…はきつ…すぎ…たんか…もね」
「まだ下ってない」
「転が…り続けてぶつかって砕け…散るか。下…りの加速は速い…で。でも…あな…たなら…」
山崎はぐったりとしてきた。
「あな…たの部下と…して働け…たこと、誇りに…思います」
土方はピクリと肩を動かした。
「覚えとけ。部下だなんて思ったことは一度たりともない。どんな時もお前は俺らの仲間だ」
振り向いた目には涙が溜まっていた。【生髮水真的有用嗎?】生髮水副作用如何?為你解答! -
仲間…。
「そうです…!仲間です!」
目を真っ赤にした美海が言った。
「仲間だぁぁあ!」
原田が泣き叫ぶ。
「仲間です…!」
市村は涙で顔がぐちゃぐちゃだ。
「仲間だ」
「あぁ。仲間だ」
斉藤と永倉が頷いた。
「仲間なんだよ」
もう一度土方が歯を食い縛って言った。
眉がきつく寄っている。
山崎は新撰組全員の顔を思い出した。
最後に浮かぶのはやっぱり土方で。
「承知…!」
山崎は何度も頷いた。
「今ま…であな…たの後ろをずっと、ずっと…ついてきました。でも…ここ…からは自分一人で、先に向かい…ます」
「まだ…ついてきてくれよ!」
ふいに土方の瞳からも涙が流れた。
どのぐらい我慢したのだろう。
眉間の皺の跡は薄くならない。
「あな…たはまだ…やれる」
なんで山崎さんなの!
あんなに…あんなに毎日…!
美海はしゃがみ込んでしまった。
永倉がしゃがみ込んで美海の頭を撫でる。
「ふっ…うっ…っ…!」
きつく閉じた歯から声が洩れた。
「くそっ…!くそぉっ!」
原田が空に叫ぶ。
斉藤は歯ぎしりすると強く壁を叩いた。
「皆…泣かんといて…。最後ぐ…らい、笑顔で、笑い話で…送り出してよ…」
山崎は本当に消えそうな声だ。
「そうだよ…!暗いのは山崎くんには似合わない!」
涙が流れる目で松本は笑った。
「頼む…。最後の…お願い…やから」
永倉は美海を立たせた。
「よぉし!任せろ…!お祭り男とは俺のことだぜ!!」
原田が涙を拭った。
再び涙は溢れるが気にしない。
市村も泣きながら頷く。
「新撰組に…笑顔のない日なんてねぇ!」
土方も強く頷いた。
土方の俳句の話、原田の宴会ネタ、斉藤の失敗談。
皆個々に沢山の話をしだした。
山崎は目を瞑ってそれを聞いている。
時々小さく笑みを洩らす。
楽しかったなぁ…。
楽しかった日々しか思い出せない。
そんな俺はやっぱり幸せ者だ。
どれくらい話してくれたのだろう。次第に声が薄く聞こえてくる。
もうすぐ…か…。
土方さん。あなたに出会えて本当に良かった。
あなたに出会えなければ、ここに俺はいなかった。
こんな幸せに一生を終えることなんてできなかった。
本間に新撰組に入って良かったわ。
ありがとう。
「で…!沖田さんが!……山崎さん…?山崎さん!?」
美海は山崎の息がないことに気付いた。
松本が山崎に近づいて脈を測る。首を横に振った。
皆静かに俯く。
いつ、逝ったんだろう。
わからないぐらい穏やかな顔をしていた。
本当に死んでしまったのだろうか。
そう思って静かに手を握った。
冷たい…。
「冷たい…。冷たいよ…。山崎さん…冷たいよ…!」
美海は声を挙げて泣いた。
すがり付くように山崎を離さない。
涙が山崎の顔に落ちる。
“美海ちゃん!冷たいわ!”
そんな飄々とした声は聞こえなくて。
土方も涙が止まらなかった。
しばらくして、松本が口を開いた。
「山崎くんのために…話そう…!笑おう…!」
松本の言葉に、皆頷いた。
再び話は始まる。
涙をながしながら笑い話をしているのだからそれは可笑しな光景だっただろう。
でも、それが精一杯だった。精一杯だったのだ。
「こっちだ! ……ささらが姫とイダテンがいるぞ!」
絞り出した声は悲鳴のように響き渡り、木霊した。
事実、胸は悲鳴をあげた。
息ができない。
頭がねじれるように痛む。
せせらぎの音が聞こえてきた。
いざるように進み、ようやくのことで木の幹にもたれかかる。
喉が、唇が渇く。
震える右手で腰につけた瓢箪を探る。
だが、どういうわけかなくなっていた。
どこかに落としたのだろうか。【生髮水真的有用嗎?】生髮水副作用如何?為你解答! -
頭上に、ぽっかりと穴が開いていた。
梢がそよぎ、ゆっくりと雲が流れる。
真ん中にやせ細った月の姿があった。
柿色のその光が、義久に降りそそぐ。
左肩が笹の葉に触れたのだろう。
青々とした葉から円い粒が転がり、地面の枯葉に転がり落ちて、ぱらぱらと音をたてる。
夜露だった。
瑞々しく輝いている。
せめて、夜露を口に含みたい。
だが、左腕はあがらなかった。
幹に背中をつけたまま、首だけを傾け、笹の葉に口を近づける。
露は唇を濡らしただけで、こぼれ落ちた。
手にした呪符の上にも転がり落ちた。
周りにはイダテンの姿はない。
しばらくすると呪符に戻ってしまうようだ。
呪符を残してはならないことに気がついた。
追手に手の内を知られれば、イダテンが二度目を使えなくなる。
姫の身が危うくなる。だが、呪符を握った手も震えるばかりで、思うようにあがらない。
迎えるように口を近づける。
腹にも力が入らず、体が小刻みに震え続けた。
それでも、どうにか呪符を口に押し込んだ。
なんともみっともないことだ。
いまわの際に震えるなど。
これでは冥土で、ご先祖様に顔向けできぬではないか。
しかも、後世に名を残すどころか、功名ひとつ上げられなかった。
親孝行もできなかった。
姫にふさわしい男になれなかった。
ずっと、上だけを見て生きてきた。
男と生まれてきたからには、天辺をとらねば意味がないと思っていた。
だが、なにひとつ叶えられなかった。
ここで死んでは成仏できまい。
わが魂は永遠に、この世を彷徨おう。
焦燥にかられ震える身に、包みこむようなあたたかな声が聞こえてきた。
「春になったら……皆で、苺を摘みに出かけましょう」
こぼれるような微笑みを浮かべ、義久に花を所望した姫の姿が浮かんだ。
憑きものでも落ちたように、すっ、と気が楽になった。
ああ、好いたおなごのために死ねるのだ。
――ならば、
そう悪い生きざまでもあるまい。
生まれてきたかいがあったというものよ。
――のう、イダテン。そうであろう。
お前なら、わかるであろう。
甲冑、具足の音が響いてくる中、動かなくなった義久の顔を、欠けていく月の明かりが静かに照らしだした。
その頬を、つーっと、ひとすじの涙が伝った。
唇の左端を上げた、その顔は微笑んでいるように見えた。
義久の声が木霊する。
イダテンの足が地を蹴る音が聞こえる。
息遣いが聞こえる。
わたしを守ろうと、命をかける者がいる。
領地や利を求め、欲望のまま、人の命を奪おうとする者がいる。
今日の食べ物に事欠き、飢えて死ぬ者がいる。
気がつくと言葉を発していた。
「わたしが入内すれば、この世を変えることができるでしょうか?」
――ほんのわずかばかりでも。
*
そのような問いに、答えられるはずもない。
だが、人の世から地位階級は永遠になくなるまい。
神や仏にも序列をつけるのが人というものなのだから。
「あれは?」
姫の言葉に振り返る。
崖沿いの斜面で、数珠つなぎになった小さな光があふれんばかりに輝いていた。
「あれは白玉ですか?」
たしかにみごとな眺めである。
だが、あれは白玉(※真珠)などではない。
蜘蛛の巣に結露した夜露だ。
月の明かりに照らされて宝玉のごとく輝いている。
邸の外に出ることさえ稀な高貴な家に生まれ育った姫は、あれほどのものを目にしたことがないのだろう。
だが、息は切れ、胸は凍え、それを言葉にする余裕がない。
構うことなく、姫は続けた。
「高子(たかいこ)様も、このような気持ちだったのでしょうね」
う宗室を茶会に招き、となれば、それら物資も手に入り易うなるからな」
宗室をもてなす為の茶会でもあるのだと、信長は改めて説いた。
「…左様にございましたか」
ず信長の気まぐれではなく、考えがあってのことだと分かったが、無論 濃姫の不安は消えない。
「どうしても、京で行わなければならないのですか? この安土でなさっても──」
「そなた何を聞いておったのだ。多くの公家衆を招くのじゃ。わざわざこちらへ呼び寄せるより、
備中へく途上に、儂が京へ立ち寄ったほうがはるかに早かろう」
「確かにそうですが…」
「それに通達はもう出しておる。本能寺にて茶会を催すとな」
「 ! 」
濃姫は一瞬 息が止まるような感覚に襲われた。
満面はきつく強張り、の上の両手が思わず震え出す。
今なんと言ったのか?
一瞬のことだったから聞き間違えたのだろうか?【生髮水真的有用嗎?】生髮水副作用如何?為你解答! -
濃姫は動揺を抑え、意を決して訊ねてみる。
「失礼ながら……今、どちらで茶会を催すと申されましたか?」
「京の本能寺じゃ」
その返答に、濃姫の血走った双眼がわっと広がる。
「そちも存じておろう。儂が妙覚寺に次いで宿所としておる、ほれ、堀川の四条近くの──」
「何故でございますか!?」
その、信長の今更な説明を濃姫が鋭くった。
「何故…、いったいどうして…!?」
涙こそ出てはいないが、濃姫は泣きそうな顔をしての夫を見据える。
今 最も聞きたくなかった単語や名称を並べられ、それだけで濃姫はパニックだった。
濃姫の顔には絶望が浮かび、対して信長の顔には当惑が浮かんでいた。
「急に何じゃ。何が “ どうして ” なのだ?」
「畏れながら…本能寺へは──」
濃姫が前のめりになって告げようとした時、ふと、下段の最前に控えていた力丸の姿が目に入った。
座敷にいる他の小姓たちも、何事か?という目で濃姫を見ている。
濃姫は慌てて居住まいを正すと
「力丸殿、それから他の者も、し席を外してたもれ」
「これ、何を勝手にっ」
「良いから下がるのじゃ!」
信長がめようとするのも聞かず、下段の一同を速やかに下がらせた。
力丸らが頭を下げつつ座敷から出て行くと、濃姫は再び信長の方へ向き直り
「以前にお話した “ 夢 ” の話、覚えておられますか?」
と静かに訊ねた。
「夢?」
「の夜にお話した、あの不吉な夢のことでございます」
信長はあさっての方向に視線を向け、記憶の引き出しをに探った。
やがて「ああ…」と無気力な声を立てると、れたような表情で妻を見つめた。
「儂が本能寺にて火にまかれる夢のことか?」
「左様にございます」
「されどあれは、本能寺ではなく総見寺であったと、そなた自身が言うておったではないか」
「間違いだったのです。やはりあの夢は京の本能寺──確信があるのでございます!」
必死に訴えてくる濃姫に、信長は、子供をあやす親のような眼差しを向けた。
「お濃、それはただの夢であろう。深刻に悩む方がどうかしておるぞ」
「ただの夢ではございませぬ! 既に何度も見ているのです。昨夜とて──」
「儂は己がこの目で見たもの以外は信じぬ。いくらそなたの言うことであろうとも、夢は夢じゃ。ではない」
信長はね付けるように言うと
「第一、その夢で儂がどうなると言うのだ?」
「…それは」
「炎の中の儂を見たというが、儂がそこで死する光景でも見たのか?」
信長の問いを受け、濃姫は思わず返答に詰まった。
確かに炎上する本能寺と、炎の中にいる信長の姿は見たが、夢の結末までは濃姫にも分からない。
いつも中途半端なところで目覚めてしまい、炎の中の信長がどうなったか、いつも分からず終いなのだ。
「……いいえ。炎上する寺の中にいる上様のお姿だけ」
ややあって濃姫がかぶりを振ると、「ほれみよ」と信長は笑った。
腹違いとは言え敬愛する兄の出世である、濃姫も喜ばしい事だとは思っていた。
道三と義龍の仲が芳(かんば)しくない為、よもやこのような日は来ないかも知れないと案じていただけに、安堵感もひとしおなのである。
ただ、気掛かりなのは“万一の事態”が起こりはせぬかという懸念であった。
織田家への輿入れ前にも、従兄の光秀から
《 義龍様におかれましては、父上・道三様に対し奉り御謀反(ごむほん)の意志ありとの噂が、城中にて真しやかに飛びかっているのです 》
《 (道三の)孫四郎様、喜平次様へのご偏愛甚だしく、いずれは義龍様を廃嫡して、弟君様を当主の座に据えるつもりではないかと── 》【生髮水真的有用嗎?】生髮水副作用如何?為你解答! -
という話を聞かされた事があった。
この話の裏には、そういった噂が流れているとあえて本人に伝える事で、義龍の動きを封じ、
尚且つ濃姫の斎藤家への忠節を高めようという、道三の一石二鳥の企みがあった訳だが、
濃姫が実際に義龍の心中を伺ってみると、返って来たのは
『 いっそ父上を討ち取り、この美濃を我が物にした方が、気も楽になるのでは… 』
という思いがけない本音であった。
また彼は、道三によって美濃を追われた前守護・土岐氏の子供ではないかと本気で疑っている節がある。
これに関しては義龍も一応の否定はしていたが、完全に疑惑を消し去った訳ではなさそうだった。
もしも兄がこのまま斎藤家当主の座に治まれば、日ならずして、我らが父上を討ち取る為に戦を仕掛けるのでは──…
「……と考えるのは、些(いささ)か早計過ぎるのであろうな」
「は? 何が早計なのでございますか」
「いいや、ただの独り言じゃ」
濃姫がその利口な表情の上に、どこか無機質にも見える微笑を浮かべていると
「畏れながら申し上げます──。お方様、殿のお成りにございます」
部屋の入口から、信長の訪れを報(しら)せる侍女の声が響いた。
「まあ、こちらも時ならぬお越し」
三保野がハッとなって呟くと、濃姫は読んでいた文を隠すこともなく、上座から退いて、そのすぐ脇に控え直した。
「暫し邪魔を致すぞ!」
やがて、信長がいつもの調子で部屋に入って来ると
「…何じゃ、誰からの文じゃ?」
上座の茵に着くなり、鋭利な眼差しを素早く姫の手元へ向けた。
「斎藤家より届きました文にございます」
「ほぉ、美濃からのう」
「近くあちらで、一つの大事が起きそうですので、母上が事前にお知らせ下されたのです」
「大事…」
信長はふいに黙し、宙に視線を泳がせた。
これも策略と駆引きが犇(ひし)めく場に身を投じる者の常なのだろうか?
あえて伺う事をせず、自力でその“大事”の中身を探ろうとしている様子であった。
濃姫は思わず口元に笑みを作ると
「この文の要件、詳しゅう話した方がよろしいですか?」
どこか余裕の感じられる口調で告げた。
信長は、はたと姫と目を見合わせると、彼女のその口振りから何かを察したのか、
口の片端を軽く持ち上げて「いや、良い」と静かにかぶりを振った。
「そなたが左様に申すという事は、時期がくればいずれ分かる事なのであろう?」
「仰せの通りにございます」
「急を要する事でないのならば別に良い。……それに今は、美濃の話をしている場合ではない故な」
「と、申されますと?」
姫が伺うと、信長はあえてそれには答えず、室内を徐(おもむろ)に見回した。
「それに致しても、お濃、そなたの座所は少々狭(せも)うはないか?」
「…そうでございましょうか?」
街の賑わいに如何にも興奮している様子の濃姫は、揚々として頷いた。
「それよりもお菜津。確かにこの街道を、殿が毎朝巳の刻にお通りになられるのじゃな?」
姫は三保野の後ろに従うお菜津に伺いを立てた。
「はい。民たちから聞いた話ですと、殿は川遊びをなされた後は必ずここを通って、先にある織田家の鷹狩り場へ向かわれるそうです。
実際に私も、殿の後を追って一日の行動を調べました際に、きっかり巳の刻にここを通られる殿を見ておりまする」
「左様ですか。──まぁ!」
濃姫は俄に明るい声を漏らすと、人々の間を通り抜け、建ち並ぶ店の方へ走って行った。
「姫様!いずこへ参られまする!?」
三保野とお菜津が慌てて後を追うと
「見て、三保野!何と可愛らしい髪飾りであろう」
濃姫は小間物屋の店先に並べられている簪や櫛の数々を手に取りながら、うっとりと眺めていた。
一城主の奥方とはいえ、そこはまだ十五歳の娘。
同じ年頃の少女たち同様、緋色や薄桃色の可愛らしい小間物を見ると、自然とそちらに足が向いてしまうらしい。
「姫様、左様な物を見るためにここまで来たのではありませぬぞ。
姫様がご自身の目で、殿の御行動を確認したいと申されます故、我々とてこうして──」
三保野が声をひそめながら窘めると
「わかっております。私とて、ただ装飾品が欲しくてこの店に来た訳ではありませぬ」
「 ? 」
「取り敢えず、これと…これと……これと…これと…。おお、これも欲しい」
濃姫は次から次へと並べられている商品を手に取っては、それらを三保野へ渡していった。
「な!姫様…!!」
三保野が思わず声を張ると、濃姫は彼女の口の前に「しっー」と、一本指を立てる。
「声が高い。今我らは素性を隠して参っておるのじゃぞ!? 私は姫でも、お方様でもない。町民のお濃じゃ」
「ち、町民…お濃!?」
姫は笑んで頷くと
「すみませぬー。これらを頂きたいのじゃが」
店の奥にいる店主に声をかけた。
「はいはい──毎度有り難うございます」
店主は陽気な笑顔を振り撒きながら店先に出て来ると、濃姫らが抱えている商品の量に目を丸くした。
「へぇぇ!これをみなお買い求めでございますか !?」
「どれも可愛く美しい故、みな欲しゅうなってしもうてのう。 …ならなんだか?」
「いえ、とんでもございませぬ!お買い上げ有り難うございます。…これ全てですと、そうですな、四百文ほどに」
「左様か。──三保野」
「あ、はい」
三保野は慌てて袖口から巾着のような袋を取り出すと、惜し気もなく銭の束を店主に渡していった。
店主は驚いて、粗末な身形(みなり)の濃姫らの姿を、改めて頭から足元までじっくりと眺めた。
「あなた方、見たところ、そう裕福な家柄の人たちには見えませぬが……この御時世にこんな大金をいったいどちらで?」
「えっ」
「あの…そ、それはでございますねぇ…」
濃姫と三保野は思わず目を見合せ、怪訝そうな店主の前で焦り顔を露にした。
上手い言い訳も思い付かず、二人がおろおろしていると
「針で儲けたんですよ」
お菜津が前に出て来て、眉をひそめる店主の前で快活に言った。
「私たちこう見えてもお針子をしてましてね。清洲の方じゃ腕が良いって評判で、結構稼がせてもらってるんですよ?」
「しかしいくら腕が良くても、お針子ではこんなには…」
「それが実は、あの信長様がおわす那古屋城の奥向きから、内々に私たちのところに衣装の発注があったんですよ。