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「こっちだ! ……ささらが姫とイダテンがいるぞ!」
絞り出した声は悲鳴のように響き渡り、木霊した。
事実、胸は悲鳴をあげた。
息ができない。
頭がねじれるように痛む。
せせらぎの音が聞こえてきた。
いざるように進み、ようやくのことで木の幹にもたれかかる。
喉が、唇が渇く。
震える右手で腰につけた瓢箪を探る。
だが、どういうわけかなくなっていた。
どこかに落としたのだろうか。【生髮水真的有用嗎?】生髮水副作用如何?為你解答! -
頭上に、ぽっかりと穴が開いていた。
梢がそよぎ、ゆっくりと雲が流れる。
真ん中にやせ細った月の姿があった。
柿色のその光が、義久に降りそそぐ。
左肩が笹の葉に触れたのだろう。
青々とした葉から円い粒が転がり、地面の枯葉に転がり落ちて、ぱらぱらと音をたてる。
夜露だった。
瑞々しく輝いている。
せめて、夜露を口に含みたい。
だが、左腕はあがらなかった。
幹に背中をつけたまま、首だけを傾け、笹の葉に口を近づける。
露は唇を濡らしただけで、こぼれ落ちた。
手にした呪符の上にも転がり落ちた。
周りにはイダテンの姿はない。
しばらくすると呪符に戻ってしまうようだ。
呪符を残してはならないことに気がついた。
追手に手の内を知られれば、イダテンが二度目を使えなくなる。
姫の身が危うくなる。だが、呪符を握った手も震えるばかりで、思うようにあがらない。
迎えるように口を近づける。
腹にも力が入らず、体が小刻みに震え続けた。
それでも、どうにか呪符を口に押し込んだ。
なんともみっともないことだ。
いまわの際に震えるなど。
これでは冥土で、ご先祖様に顔向けできぬではないか。
しかも、後世に名を残すどころか、功名ひとつ上げられなかった。
親孝行もできなかった。
姫にふさわしい男になれなかった。
ずっと、上だけを見て生きてきた。
男と生まれてきたからには、天辺をとらねば意味がないと思っていた。
だが、なにひとつ叶えられなかった。
ここで死んでは成仏できまい。
わが魂は永遠に、この世を彷徨おう。
焦燥にかられ震える身に、包みこむようなあたたかな声が聞こえてきた。
「春になったら……皆で、苺を摘みに出かけましょう」
こぼれるような微笑みを浮かべ、義久に花を所望した姫の姿が浮かんだ。
憑きものでも落ちたように、すっ、と気が楽になった。
ああ、好いたおなごのために死ねるのだ。
――ならば、
そう悪い生きざまでもあるまい。
生まれてきたかいがあったというものよ。
――のう、イダテン。そうであろう。
お前なら、わかるであろう。
甲冑、具足の音が響いてくる中、動かなくなった義久の顔を、欠けていく月の明かりが静かに照らしだした。
その頬を、つーっと、ひとすじの涙が伝った。
唇の左端を上げた、その顔は微笑んでいるように見えた。
義久の声が木霊する。
イダテンの足が地を蹴る音が聞こえる。
息遣いが聞こえる。
わたしを守ろうと、命をかける者がいる。
領地や利を求め、欲望のまま、人の命を奪おうとする者がいる。
今日の食べ物に事欠き、飢えて死ぬ者がいる。
気がつくと言葉を発していた。
「わたしが入内すれば、この世を変えることができるでしょうか?」
――ほんのわずかばかりでも。
*
そのような問いに、答えられるはずもない。
だが、人の世から地位階級は永遠になくなるまい。
神や仏にも序列をつけるのが人というものなのだから。
「あれは?」
姫の言葉に振り返る。
崖沿いの斜面で、数珠つなぎになった小さな光があふれんばかりに輝いていた。
「あれは白玉ですか?」
たしかにみごとな眺めである。
だが、あれは白玉(※真珠)などではない。
蜘蛛の巣に結露した夜露だ。
月の明かりに照らされて宝玉のごとく輝いている。
邸の外に出ることさえ稀な高貴な家に生まれ育った姫は、あれほどのものを目にしたことがないのだろう。
だが、息は切れ、胸は凍え、それを言葉にする余裕がない。
構うことなく、姫は続けた。
「高子(たかいこ)様も、このような気持ちだったのでしょうね」