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街の賑わいに如何にも興奮している様子の濃姫は、揚々として頷いた。
「それよりもお菜津。確かにこの街道を、殿が毎朝巳の刻にお通りになられるのじゃな?」
姫は三保野の後ろに従うお菜津に伺いを立てた。
「はい。民たちから聞いた話ですと、殿は川遊びをなされた後は必ずここを通って、先にある織田家の鷹狩り場へ向かわれるそうです。
実際に私も、殿の後を追って一日の行動を調べました際に、きっかり巳の刻にここを通られる殿を見ておりまする」
「左様ですか。──まぁ!」
濃姫は俄に明るい声を漏らすと、人々の間を通り抜け、建ち並ぶ店の方へ走って行った。
「姫様!いずこへ参られまする!?」
三保野とお菜津が慌てて後を追うと
「見て、三保野!何と可愛らしい髪飾りであろう」
濃姫は小間物屋の店先に並べられている簪や櫛の数々を手に取りながら、うっとりと眺めていた。
一城主の奥方とはいえ、そこはまだ十五歳の娘。
同じ年頃の少女たち同様、緋色や薄桃色の可愛らしい小間物を見ると、自然とそちらに足が向いてしまうらしい。
「姫様、左様な物を見るためにここまで来たのではありませぬぞ。
姫様がご自身の目で、殿の御行動を確認したいと申されます故、我々とてこうして──」
三保野が声をひそめながら窘めると
「わかっております。私とて、ただ装飾品が欲しくてこの店に来た訳ではありませぬ」
「 ? 」
「取り敢えず、これと…これと……これと…これと…。おお、これも欲しい」
濃姫は次から次へと並べられている商品を手に取っては、それらを三保野へ渡していった。
「な!姫様…!!」
三保野が思わず声を張ると、濃姫は彼女の口の前に「しっー」と、一本指を立てる。
「声が高い。今我らは素性を隠して参っておるのじゃぞ!? 私は姫でも、お方様でもない。町民のお濃じゃ」
「ち、町民…お濃!?」
姫は笑んで頷くと
「すみませぬー。これらを頂きたいのじゃが」
店の奥にいる店主に声をかけた。
「はいはい──毎度有り難うございます」
店主は陽気な笑顔を振り撒きながら店先に出て来ると、濃姫らが抱えている商品の量に目を丸くした。
「へぇぇ!これをみなお買い求めでございますか !?」
「どれも可愛く美しい故、みな欲しゅうなってしもうてのう。 …ならなんだか?」
「いえ、とんでもございませぬ!お買い上げ有り難うございます。…これ全てですと、そうですな、四百文ほどに」
「左様か。──三保野」
「あ、はい」
三保野は慌てて袖口から巾着のような袋を取り出すと、惜し気もなく銭の束を店主に渡していった。
店主は驚いて、粗末な身形(みなり)の濃姫らの姿を、改めて頭から足元までじっくりと眺めた。
「あなた方、見たところ、そう裕福な家柄の人たちには見えませぬが……この御時世にこんな大金をいったいどちらで?」
「えっ」
「あの…そ、それはでございますねぇ…」
濃姫と三保野は思わず目を見合せ、怪訝そうな店主の前で焦り顔を露にした。
上手い言い訳も思い付かず、二人がおろおろしていると
「針で儲けたんですよ」
お菜津が前に出て来て、眉をひそめる店主の前で快活に言った。
「私たちこう見えてもお針子をしてましてね。清洲の方じゃ腕が良いって評判で、結構稼がせてもらってるんですよ?」
「しかしいくら腕が良くても、お針子ではこんなには…」
「それが実は、あの信長様がおわす那古屋城の奥向きから、内々に私たちのところに衣装の発注があったんですよ。